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僕の心境の変化が起こってから、ケイタくんの奉仕を拒むようになった8月のある日の夜。僕はケイタくんに話を切り出した。
『ケイタくん、そろそろ一人暮らしをしてみない?』
ケイタくんは「なんでそんな事言うんですか?」と怒った。何に対して怒っているのかは分からなかった。あまり考えたくなかったのかもしれない。
『ここでの生活はケイタくんに良い影響を与えないよ…だから、そろそろ一人暮らしをして、自分にできる生活をした方がいい』
「僕はじんさんと一緒にいたい!じんさんも僕の事好きで大事にしてくれてると思ってた!もう飽きたの?」
『ケイタくんの事は大好きだけど…今のままじゃケイタくんがダメになるから…お願いだから、一人で暮らす事を考えて…』
こんな話し合いを1時間くらいした。
不毛だった。こんな雰囲気になるなんて。
次の日の朝、ケイタくんが僕に言った。
「僕ここを出ていくけど、ウリ専で働きます。じんさんが体を売るなって言うからバイト頑張ってたけど…じんさんがそうやって僕を追い出すなら、僕は自分の体で稼ぎます!!」
パンっ!
頬を打つ乾いた音が部屋に響いた。
僕は思わずケイタくんを叩いてしまった。僕の頬を涙が伝う。
「じんさんが!じんさんが悪いのに!!!」とケイタくんは泣きながら僕に抱きついて、そのままわんわん泣いた。僕はケイタくんの頭を撫でながら泣いていた。
どっちの涙か分からないくらい僕のシャツはびしょびしょだった。
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9月の初旬。ケイタくんの一人暮らしする場所が決まった。初期費用安めで保証人不要の物件が見つかった。探せばあるものなんだ。
引っ越しはもう来週だ。あの時から僕たちはほとんど会話をしていなかった。一緒に住んでるのに、わざと顔を合わせないように生活していた。
引っ越しの話もケイタくんは僕にLINEで送ってきた。同じ家に住んでるのに、もう会話をする事もできない。
ケイタくんが出ていく前日、宅配業者が荷物を取りに来ていた。ケイタくんの荷物はそんなに多くないから引っ越し業者を頼むまでもない。
僕はケイタくんの部屋に吊るしてあったハンツマンのスーツの内ポケットに50万円と手紙が入った封筒をそっと入れておいた。
その夜、僕はケイタくんに一緒にご飯食べようと誘った。
「はい」とケイタくんが僕を見ないで答えた。
その日の晩御飯は僕の手作りカレーを出した。ケイタくんは美味しいと言っておかわりをしてくれた。
僕はケイタくんに最後に言っておきたい事を伝えた。
ここを出て行って困ったことがあっても安易に体を売って稼ぐ事はしないで欲しい。バイトも頑張りつつ就職活動をちゃんとして、なんでもいいから正社員で定職について欲しい。スーツを着る仕事をして欲しい。高いスーツは仕事に慣れて1ヵ月くらいしてから着て行く事。それまでは面接も仕事も安いスーツで過ごすこと。
仕事をしてない空白期間は親戚の叔父さんの会社で仕事を手伝っていたと言う事。高いスーツはその親戚の叔父さんが就職祝いに買ってくれたと説明する事。
保険料や税金は払う事。どうしても払えないなら払えないと役所に相談に行く事。できる限り三食ちゃんと食べる事。
ケイタくんは「分かった…」と僕の目を見て答えてくれた。
その日、僕は明日からまた一人になるんだなと思いながら布団を敷いていた。襖がそっと開いた、ケイタくんが立っていた。
「今日は…ここで寝ていい?」と聞いてきた。僕は黙って布団をめくった。
ケイタくんの体温はとても温かかった。エアコンで少し冷えた体に心地よい温かさをもたらしてくれる。
ボディソープのいい匂いがする。最近またボディソープの香りを変えた。爽やかな柑橘系のいい匂い、こんなに良い匂いだったんだ。でも、このボディソープの匂いを感じるのは今日で最後なんだろうと思った。
ケイタのサラサラの髪を撫でながら、その日はケイタを抱きしめて眠った。
次の日の朝、僕はホットサンドを作った。ケイタくんは美味しいと言って食べてくれた。
「今までお世話になりました…」
ケイタくんが玄関で頭を下げた。僕は『お粗末様でした』と答えた。
「じんさんは結局なんで僕を助けてくれたの?」
『分からない』
「なんで付き合ってくれなかったの?もうこれで終わりなの?」
『こんなおじさんの事は忘れて、ケイタは同い年くらいの子と楽しい恋愛をした方がいいよ』
「じゃあ、もう忘れる…じんさんの事全部忘れる」
『…』
「じんさんも僕の体を買っただけで、遊んでただけで、本気じゃなかったんでしょ」
『ケイタ、辛い事があったり、どうにもできない、本当に困った時は最後の最後に僕に連絡してきて。僕はケイタの事ずっと大事に想ってるから』
ケイタくんは頭を下げてから無言で出て行った。
長いようで短い二人の生活が終わった。
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2023年のクリスマスの日。
僕は東京駅にいた。用事で遠出してからの帰りだった。夕方で通勤の人や外国人や観光客でごった返していた。
こういう遠出で疲れた時は、少し贅沢して丸の内口の方からタクシーに乗って帰るのが定番だった。
だけど、なんとなく、本当になんとなく今日は八重洲口の方から帰ろうと思った。
なんでこんなに疲れてるのに、わざわざ連絡通路を通って八重洲口に向かってるのか自分でもよく分からない。
もしかしたら、クリスマスの街の雰囲気を味わいたかったのかもしれない。誰も待ってない家に帰るのが寂しかったのかもしれない。
八重洲中央口から外に出ようとした時だった。寒い外気が顔を直撃する。
その時、トントンと肩を叩かれた。
振り向いたら、髪をしっかり固めて真面目そうな雰囲気のビシッとした雰囲気のリーマンが立っていた。キリっとした顔立ちで誰がどう見てもイケメンだ。
ハンツマンのスーツがよく似合ってる。
「じんさん!あの時は…本当にゴメンなさい」
『よく似合ってるよ』
「親戚の叔父さんからのプレゼントってちゃんと言いましたよ!それと…お金まだ使わず残してます」
『それなら、あれで二着目のスーツ買ったらいいよ』
ケイタくんはニコニコしながら僕の耳元で呟いた。
「じゃあ、50万円分抜きましょうか?」
以上で終わりです。
ありがとうございました。
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一気に読みました。
とても良かったです!
ケイタ君がその後どんな生活をしていて、今も関係は続いているのか教えて欲しいです。
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ハッピーエンド?で終わってて良かった!
読みやすくて一気読みしました。タイトルにもちゃんと意味があって、ちょっとした短編小説を読んでるみたいな感覚でした。
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すごく良い話!
あまり良くない終わり方なのかと思いましたが、ハッピーエンド(?)で良かったです(笑)
少し成長したケイタ君とは、その後何も無いんですか?
独り立ちさせるためにあえて突き放したんですよね。
自活できるようになったのであれば、あとは2人の気持ち次第かなと思ってしまいました。
お二人が幸せであると良いなと思います。
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コメントをいただきありがとうございます。
数年ぶりに年末に再会してしまい、この記憶を文字にして残しておきたいなと思い書きましたが…思いのほか共感していただけてよかったです。
あまり多くは本人のためにも書けないですが、ケイタくんとは再会しただけです。
その場で食事にでも行こうと誘ったけど、クリスマスは年上の彼氏が家で待ってくれているからと断られました。
少し残念だったけど、元気そうな顔と声が聞けただけでよかったです。
僕もクリスマスに家で待ってくれる恋人を作ろうという気持ちにもなりました。
この再会で僕の心配も晴れて、僕ももういい歳ですが新たな道に進めそうな気がしました。
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久々の良作!
テンポ良し、登場人物の描写良し、ストーリー良し。
なにより、ちゃんと一気に完結させてくれてる!
いいもん読ませてもらいました。ありがとう。
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うーん。なんかモヤる結果ですね。
そんなに好き合ってたら付き合ったらいいのにと思いました。
じんさんに追い出された後に弱ってるケイタさんに近づいた人がモノにしちゃったって感じなのかなーなんかこの結末は悲し過ぎです。
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心を揺さぶられる話でした。
恋人ではないけど大切な人、ある一時に濃密な時間を過ごした人、そういう関係も、時に家族や恋人と同等以上に価値あることなんだなと感じました。
書いてくれてありがとうございます!
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気持ちの整理がついたという書き出しの理由がよくわかりました…相手のために突き放す辛さと愛の深さを感じました。その分切ないです…
ケイタくんが、もしこのお話を見ることがあれば、当時の状況やじんさんへの想いなど書いてもらえると読者としては嬉しいです。
じんさんの幸せをお祈りしています
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ショウゴ
- 24/1/21(日) 22:57 -
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素敵な、そしてちょっと切ないストーリーで一気読みしてしまいました。
じんさんのような行動を起こせる人はそうそういません。思いやりの心に包まれて、その子もきっと幸せだったことでしょう。
その子の将来と、じんさんの今後がお互い幸せなものでありますように。
<Mozilla/5.0 (iPhone; CPU iPhone OS 17_2_1 like Mac OS X) AppleWebKit/605.1.15 (KHTML, like Gecko) Version/17.2 Mobile/... @fp8393d268.ibra610.ap.nuro.jp>
偶然見つけて拝見させて頂きました。
読んでいてジンさんのケイタくんへの大切にしたい愛おしい守りたいという感情やまだ10代故の幼さがジンさんへの好意や感謝を素直にぶつけてしまう事で2人の気持ちのすれ違いからの別れそして再会。
ケイタくんが道を誤らず立派な社会人として再出発出来て良かったですね。
ジンさんの思いが彼に伝わっていて本当に良かったと思いました。
思わず泣いてしまいました。
素敵な物語をありがとうございました。
<Mozilla/5.0 (iPhone; CPU iPhone OS 17_4 like Mac OS X) AppleWebKit/605.1.15 (KHTML, like Gecko) Version/17.4 Mobile/15... @133.106.189.206>
じんさん:今朝一気読みしました。とくに10と11は、40代としてはわが身を省みるきっかけともなりました。ありがとうございます。実話であればいつかじんさんとあってみたいですね。合掌
<Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/120.0.0.0 Safari/537.36 Edg/12... @p7931238-ipngn38401marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp>
このいい話が埋もれてくのは寂しいです!
じんさんのその後も知りたいです
ケイタくんのその後はわからないかもしれませんが…
<Mozilla/5.0 (Linux; Android 10; K) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/125.0.0.0 Mobile Safari/537.36 @14-133-18-30.dz.commufa.jp>